総合商社は投資会社的商社なのか商社的投資会社なのか

総合商社は投資会社的商社なのか商社的投資会社なのか

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

日本に特有の総合商社、コングロマリット、多角化した企業、投資会社、プライベートエクイティの投資ファンド、これらは、どこが違って、どこが同じなのだろうか。
 
 商社とは、一般化していえば、商品の供給と需要を媒介して、取引を成立させる業者のことだと考えられます。ただし、小売業者、即ち、需要側として、個人の消費者を対象とするものは、商社とは呼ばれていないので、商社というときは、企業間の取引を媒介するものに限定されるのでしょう。つまり、商社とは、ある商品について、製造する供給側の企業と購買する需要側の企業との間で、需給に関する情報を媒介して、取引を成立させる業者なのだと思われます。
 商品を製造する供給側の企業にとって、商社の機能は、商品を購入してくれる需要側の企業に関する情報を得る手段として、不可欠といっていいほどに重要で、商社は、いわば、外部化した販売部門の位置づけになるはずです。逆に、商社からすれば、製造者が有する商品知識と同等なものを要求されることになるので、特定分野に事業領域を絞らざるを得ないでしょう。こうして、商社といえば、基本的には、専門商社なのだと考えられます。
 
そうしますと、総合商社と呼ばれるものは、商社ではないのでしょうか。
 
 日本には、総合商社と呼ばれる極めて少数の巨大企業があって、日本にしかない特殊な業態だとされています。おそらくは、日本に固有な歴史的背景のもとで、特異な事情によって、形成された企業なのでしょう。総合商社の性格規定については、様々な議論があるようですが、商社と呼ばれるからには、商社機能を演じていることに間違いはなく、論点は、総合という言葉の意味かと思われます。
 総合には、第一に、かつて「ラーメンからロケットまで」などといわれたように、専門商社ではなくて、網羅的に広い範囲の事業領域をもつ商社だという意味があり、第二に、単なる供給側と需要側の情報の媒介だけではなくて、製造から小売りに至るまで、商流の全体を事業領域にする企業だという意味があるのでしょう。つまり、総合とは、水平方向には、業種横断的に広く、垂直方向には、商流縦断的に深いという意味だと思われるのです。
 
総合商社はコングロマリットなのでしょうか。
 
 コングロマリット(conglomerate)とは、多くの異なる事業領域をもつ企業のことで、普通は、巨大な企業を意味し、その特色は、各事業が独立していて、事業群に相互連関のないことです。逆にいえば、基礎技術、あるいは顧客基盤等において、事業間に合理的な相互連関があって、各事業の独立性が弱ければ、コングロマリットとは呼ばれないのです。総合商社は、非常に多くの異なる事業分野をもち、各事業は相互に独立しているので、まさしく、外形上はコングロマリットなのだと思われます。
 コングロマリットが上場企業であるとき、普通は、保有する各事業の理論価値の合計よりも、時価総額が小さくなる現象、即ち、コングロマリット・ディスカウントconglomerate discount)が生じるとされます。これは、各事業が独立しているために、投資家からすれば、コングロマリットの事業結合に合理的な意味を見出し得ないからだと考えられます。
 総合商社は全て上場企業ですが、日本の株式市場における特異な存在として、大きな時価総額を誇っています。そして、そこには、コングロマリット・ディスカウントは生じていません。これは、総合商社の場合は、事業結合に合理的な理由はなくとも、各事業領域において、強固な商権を確立していて、商流の支配力を握っているからなのでしょう。つまり、総合商社の本質は、コングロマリットとしての事業結合にはなくて、商流の支配力にあるのだと考えられます。
 
では、総合商社は投資会社なのでしょうか。
 
 投資会社は、その名の通り、他の企業の株式への投資を本業とするものであって、多様な業種の企業に投資し、また、多くの場合、全ての株式を取得して、完全子会社にするので、一種のコングロマリットになります。しかし、コングロマリットの場合は、傘下の事業の経営が本業であって、事業を静態的に保有するのに対して、投資会社の場合は、傘下の企業への投資が本業なので、動態的に、新たな企業を買収し、保有企業を売却していくわけです。
 総合商社は、基本的には、事業を静態的に保有しているので、投資会社ではないと思われます。実際、事業を子会社化せず、社内の一部門としている場合が多いのは、継続的な事業の保有を前提にしているからでしょう。しかし、事業が継続保有されているのは、そこに商権が確立しているからであって、商権が揺らげば、再編や事業譲渡もし、また、新たな領域において商権を確立するために、事業買収や、他社への戦略的出資もするでしょう。故に、総合商社は、投資会社ではないにしても、その色彩を帯びてはいるのです。
 
日本にも、投資会社は上場しているのでしょうか。
 
 日本の上場企業の経営行動のなかには、いわゆる多角化として、本業との関連性の強くない事業分野において、企業買収をすることがあり、構造改革として、他社からの事業の譲受、あるいは、他社への譲渡のなされることもあります。また、特定の業種において、同業の非公開企業等の買収を進めることで、事業の成長を実現している上場企業もあります。
 問題は買収の意図だと思われます。中核事業の存在があって、その周辺において、事業の買収や譲渡がなされている場合や、本業としての事業領域があって、そこにおける成長戦略として、同業の非公開企業等の買収を行い、その継続的保有を前提にしている場合には、事業会社としての買収なのであって、投資会社としての投資ではないでしょう。
 しかし、例えば、特定業種において、同業の非公開企業等を買収している企業の場合、買収後も事業の統合を行わず、独立した企業として存続させていることが多いようなので、買収の意図は、量的成長ではなくて、質的成長、即ち、買収後の経営改革による企業価値の向上かもしれず、そうならば、こうした企業は、投資会社なのだと思われます。つまり、企業価値の向上を目的として買収を行うのなら、それは投資そのものだということです。
 
事業承継を投資機会とする企業は投資会社でしょうか。
 
 上場企業として、創業者、あるいは創業者一族等からの事業承継として、非公開企業の買収を行うことは、買収後の経営改革によって、企業価値の向上を図り、場合によっては、再譲渡の機会を狙うのが目的なのでしょうから、明らかに、投資会社としての投資行動です。
 こうして、日本の株式市場にも、投資会社が登場してきていますが、現状では、おそらくは、投資の能力に限界があって、特定業種に絞り込む、あるいは、非公開企業の事業承継に重点を置くものが多いようです。しかし、今後は、投資能力の高度化とともに、業種を拡大させ、大手企業の経営改革にともなう事業の譲受などへ買収機会を多様化させて、本格的な投資会社に成長するものが出てくるのでしょう。
 
投資会社はプライベートエクイティの投資ファンドの上場企業版なのですか。
 
 プライベートエクイティ、即ち、非公開企業の株式に投資する運用会社は、普通は、いわゆるファンドの形態において、投資家から資金を募っています。投資会社は、それ自体は上場企業ですが、投資先の企業は非公開企業になりますから、実態としては、上場企業の形態において、投資家から資金を募っているプライベートエクイティの運用会社です。
 プライベートエクイティの投資ファンドと、上場企業としての投資会社とは、機能的には、同一であるにもかかわらず、構造的には、多くの面で、本質的に異なっていて、差異のなかには、投資会社のほうに優位があるものもあるでしょう。例えば、投資会社ならば、誰でも、いつでも、小金額でも投資できますし、情報開示も充実しているわけです。その意味で、今後の投資会社の成長は、注目されるべきです。
 
投資会社が発展していけば、総合商社の経営にも影響を与えるでしょうか。
 
 総合商社は、商流の設計の強みによって、企業価値を高める能力に優位のある投資会社になるか、あるいは、投資の技術の強みによって、商流を設計する能力に優位のある商社になるのでしょうが、この二つは、表現の違いだけで、内容は同じことです。
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(文責:翁)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。